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歯科医院を取り巻くマクロ環境の変化とその影響
歯科業界は今、大きな転換期を迎えています。
まず顕著なのは、歯科医院の倒産件数の増加です。2023年度と比較して、すでに倒産件数は1.8倍に跳ね上がっています。これは、歯科医院の数がコンビニエンスストアの数よりも多い飽和状態にある中で、競争が激化していることを示唆しています。

※帝国データバンク社参照
最も深刻な課題の一つが人手不足です。パーソル総合研究所の推計によれば、2030年までに医療・福祉業界全体で約190万人の働き手が不足する見込みであり、実質賃金(時給)は向上すると予測されています。日本商工会議所の調査では、回答企業の50%が人手不足を感じています。特に歯科衛生士においては、経済面(給与、賞与)、待遇面(福利厚生、手当、人員配置、休憩室)、そして人間関係(医院の方針、管理職のマネジメント)**が主な不満点として挙げられています。これは、単に人材を確保するだけでなく、定着させるための環境整備が急務であることを示しています。

出典:パーソル総合研究所 労働市場の未来推計
また、若手歯科医師や研修医のニーズも多様化しています。彼らは「すぐに実践したい層」「補助を受けながら実践と指導を受けたい層」「治療の前後で症例相談をしたい層」に分かれ、それぞれに合わせた個別化されたマネジメントが求められます。彼らが知りたい医院環境としては、「どのようなビジョンで経営しているか」「地域貢献の考え方」「保険と自費の割合」「インプラントや矯正、訪問診療の有無と内容」「育休や有給日数」「教育制度のスケジュールとそのアレンジの可否」などが挙げられます。
このような状況下で「採用」を考える際には、Z世代の特性を理解し、彼らを受け入れるための体制(マニュアル、評価制度、キャリアプラン)の整備が必須となります。
総じて、歯科医院の経営は、単に「売上」を追求するのではなく、「高収益化し従業員への還元」がポイントとなっています。そして、この高収益化を実現する鍵は「DX(デジタルトランスフォーメーション)と組織化PJ3.0」が大切であり、変化できる院長、組織が生き残っていくと感じております。
採用に関しては以下を参照下さい。
出口を見据えた企業価値向上のための3つの手法
歯科医院の将来を考えたとき、「出口戦略」を持つことが非常に重要です。その選択肢としては、大きく分けて以下の3点です。
- 自己閉院
- 親族承継
- 第三者承継(M&A)の3つが挙げられます。
院長は、「社会貢献」「自己実現」を基に始められている方が多いのではないかと思います。 そこの実現と同様に直近で大切なのは、「医院(企業)価値向上」が挙げられます。企業価値とは、財務的には「純資産+営業利益」で表現されます。この企業価値を最大化する事は3つの出口戦略共有の重要な選択になるかと思います。では、各々の、メリット・デメリットを見て行きましょう。
自己閉院
メリット
- 最短で数か月のスピード退場
交渉相手が不要なため、決断から閉院までのリードタイムが短い。 - 意思決定の自由度が高い
院長だけで手続きが完結し、価格折衝やデューデリ交渉がない。 - スタッフ・患者への説明がシンプル
引継ぎ条件や待遇変更の交渉が発生しない。
デメリット
- 原状回復・設備除却コスト
内装解体や機器廃棄で数百万円単位の持ち出しが発生しやすい。 - 損失計上で決算が赤字化
残存簿価の一括償却が会計上の赤字要因となる。 - スタッフの雇止めリスク
解雇手続き・再就職支援など、雇用関係の調整が必要。 - 地域医療への影響
患者の紹介先確保が必要
親族承継(子ども・配偶者などへのバトンタッチ)
メリット
- ブランド・患者基盤の継続
院名・カルテ番号・スタッフ体制をそのまま維持しやすく離患を最小化。 - 段階的なノウハウ移管が可能
現院長が理事長として関与し、診療技術・経営手法をゆっくり引き継げる。 - 金融機関の評価が比較的高い
血縁承継は融資継続や追加融資で有利に働くことが多い。 - 譲渡価格を柔軟に設定できる
家族間で価格調整しやすく、買収資金の外部借入を抑制できる。
デメリット
- 相続税・贈与税の負担
株価評価額次第で最大55%の課税。特例事業承継税制の適用要否を要確認。 - 権限移譲の遅延リスク
旧院長が退かないと、スタッフの指揮命令系統が曖昧になりやすい。 - 連帯保証・担保の付け替え
後継者の信用力が低いと追加担保や保証人を求められる。 - 院内文化の衝突
診療方針や労務管理が変わると、ベテランスタッフとの摩擦が起きやすい。
第三者承継(M&Aによる売却)
メリット
- 経済的リターン最大化
営業権込みで「EBITDA×3〜5倍」の売却事例もあり収入面が大きい。 - 個人保証やリース債務から解放
買手が負債を包括承継すれば、院長の個人保証を外せるケースが多い。 - スタッフ雇用と患者診療の継続
経営基盤が強い買手なら、雇用条件改善やデジタル投資で定着率を高められる。 - 株式譲渡なら税率約20%
売却益に対する課税が比較的低く、分割受取で所得平準化も可能。
デメリット
- 手続き期間が長い(6〜12か月)
買手選定、基本合意、デューデリ、最終契約と段階が多い。 - 経営方針の急変リスク
譲渡後のリストラや診療方針変更でスタッフ・患者が離脱する可能性。
M&Aによる事業承継の流れと方法
「出口」戦略としてのM&Aは、近年歯科業界で増加傾向にあります。その背景には、院長の高齢化による引退や、診療所の廃止件数の増加があります。
M&Aの主な手法
M&Aは、Merger(合併)とAcquisitions(買収)の略で、会社や経営権の取得を意味します。歯科医院のM&Aには、主に以下の手法があります。
- 法人譲渡(持分譲渡): 医療法人を引き継ぐ際に、旧法上の「出資持分あり医療法人」の出資持分を購入し、社員となり理事長に就任することで、財産権と経営権を承継する方法です。法人の権利や義務をまとめて承継できるため、許認可、取引先契約、職員の雇用契約などがそのまま引き継がれ、行政手続きも比較的少ないという大きな利点があります。ただし、譲渡企業のすべてを引き継ぐため、想定外の簿外債務や税金の未納なども引き継がれる可能性があります。
- 事業譲渡: 会社や個人事業の一部または全部の事業を、金銭で売買するM&A手法です。法人全体ではなく、特定の事業のみを譲渡するため、譲渡対象を自由に設定できるメリットがあります。個人事業主の歯科医院がM&Aを行う場合は、必ずこの事業譲渡を用います。ただし、不動産や従業員の雇用契約など、個別の権利義務移転手続きが必要となり、手間がかかる点が注意点です。
- その他の手法: 役員・社員の交代、合併、分割などもM&Aの手法として利用されます。
M&Aの具体的な流れと成功のポイント
歯科医院のM&Aは、以下のステップで進められます。
- 専門家への相談・依頼: M&Aは専門知識が必要なため、M&A総合研究所やM&Aサクシードのような仲介会社に相談することが成功への第一歩です。彼らは買い手・売り手のマッチングから手続き全般をサポートしてくれます。
- 引き継ぐ歯科医院の評価(バリュエーション): 売却対象の事業・法人の価値を査定します。DCF(ディスカウントキャッシュフロー)法や年倍法といった手法が用いられます。個人医院の場合、院長が売却後も一定期間残って協力する場合に収益性が高く評価される傾向があります。医療設備の新しさ、立地、駐車スペース、個室診察室、キッズスペース、医院の知名度、優秀なスタッフも評価を高める要素となります。
- 引き継ぎ先の選定・交渉: 買い手候補とのマッチング後、秘密保持契約を締結し、医院の財務状況や希望条件をまとめた資料(IM)を提示します。
- 基本合意契約書の締結: 初期交渉がまとまれば、暫定的な合意内容を確認する基本合意を締結します。
- デューデリジェンスの実施: 買い手側が主体となり、医院の財務状況、資産の実態、契約関係、潜在債務(未払い残業代、診療トラブルリスクなど)を詳細に調査します。この段階で簿外債務の有無を徹底的に確認することが重要です。
- 交渉・最終契約書の締結: デューデリジェンスの結果に基づき最終的な条件交渉を行い、M&A契約を締結します。
- 引き継ぎとクロージング: 最終契約締結後、譲渡価格の支払いと経営権の移転が行われ、M&Aが完了します。法人譲渡では、M&A契約成立後すぐに譲渡実行に移れますが、事業譲渡では個別の権利義務移転手続きが必要となります。
M&Aを成功させるためには、以下のポイントが鍵となります。
- 事業引き継ぎ方法の検討: 円滑な引き継ぎは売却価格を高めるだけでなく、雇用や治療サービスの継続という社会的責任を果たす上でも重要です。
- 患者の流出防止: 承継後に患者が離れていかないよう、後継者の適性を見極め、経営方針が大きく変わらないよう配慮が必要です。特に引退に伴う承継では、できるだけ早く事業承継を行うことが大切です。カルテの引き継ぎには患者の同意を得るなど、個人情報保護への配慮も欠かせません。
- スタッフの流出抑制: 雇用条件の整備に加え、経営者の交代に対するスタッフの不安を払拭する配慮が重要です。若い人材が揃っていることは、大きな魅力となり、M&A後の経営安定に寄与します。
- 医院の「磨き上げ」: 医療機器や内装・外装を新しくすることで、買収側に魅力をアピールし、売却価格を引き上げる可能性があります。また、スタッフの教育を強化し、質を向上させることも重要です。
- M&A成約まで集客を継続: 買い手は既存患者の獲得を大きなメリットと捉えるため、M&A成約まで新規開拓を継続することが求められます。
- 財務・契約関係の整理: 不透明な資金の流れを明確にし、経営状況や財務上のアピールポイントを買い手に伝えられるように準備しておくことが不可欠です。
- 後継者へのアドバイス: 設備や資産の譲渡だけでなく、診療内容、トラブル対応、医療法遵守の宣伝方法、財務・税務面など、経営者としての多岐にわたるアドバイスを行うことが成功に繋がります。
- 相性の良い買い手を見つける: 買収後に大きなシナジー(相乗効果)を実現できる相手を選ぶことで、高額売却の可能性が高まり、雇用や治療サービスの継続・発展にも繋がります。
- M&Aの目的を明確化: 買収側であっても、M&Aに着手する前に、買収の目的を明確にしておくことで、適切な相手を見つけやすくなり、成功確率を高められます。
上手くいく法人の5つのポイント
① 歯科医師が残る
譲渡後も院長先生や常勤歯科医師が一定期間勤務を継続される場合、買収側は患者様との信頼関係が維持されると判断し、安心してご検討されます。特に初期フェーズではカルテや診療フローの引き継ぎで現場が混乱しがちですが、既存のリーダーが残られることでスタッフの結束とオペレーションの円滑化が図れます。また、院長自身も徐々に承継していく方が精神的な(燃え尽き症候群)問題も軽減されるケースが多いです。
② 自費率が20%以下
自費率が20%以下の医院様は、一見利益率が低く映るものの、「保険診療中心で患者基盤が厚い=収益が安定している」と評価されやすい傾向がございます。一方、自費診療の伸びしろが残っているため、譲渡後にマーケティングやカウンセリングを強化し、粗利を底上げできる「アップサイドポテンシャル」も期待されます。過去3年分の保険・自費売上推移をグラフ化し、安定性と成長余地の両面を提示いただくと、交渉を有利に進めやすくなります。
③ メンテナンス割合が50%以上
メンテナンス(定期管理)患者比率が50%を超える医院様は、いわゆる「予防型経営」が確立しているとみなされます。定期クリーニングやPMTC予約が半年~1年先まで管理されるため、譲渡後の最低売上が予測しやすく、買収側はキャッシュフローの安定性を高く評価いたします。さらに、メンテナンス層は紹介率が高く、ご家族単位で通院されるケースが多いため、新患獲得コストを抑えて患者基盤を拡大できる点も魅力的です。衛生士1名あたりの担当患者数やリコール送付実績など、運用データを定量的にご開示いただくことで、バリュエーション向上につながります。
④ チェア台数6台以上
ユニットが6台以上設置されている医院様は、中規模多機能型として評価され、診療科目の拡充や衛生士枠の増設など拡張性が高い点が注目されます。
⑤ 年商1億円以上
年間売上1億円を超える規模は、デューデリジェンス(DD)コストと見合う案件となります。直近の売上や利益推移に加えて、来院患者数・ユニット稼働率・スタッフ数の推移を整理し、「成長が再現可能」であると示されることが、高値成約への近道となります。
まとめ
歯科業界は人手不足や競争激化といった課題を抱える一方で、DXの推進や組織改革、M&Aの活用などによって、新たな成長の機会を掴むことができます。マクロ環境の変化を理解し、出口を見据えた上で戦略的に医院の価値を高め、適切なM&Aを選択肢として活用することが、持続可能な歯科医院経営を実現する鍵となるでしょう。
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